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アガサ・クリスティー 読書感想文

愛国殺人

1940年発表のこの作品、原題は「One Two Buckle My Shoe」というマザーグースの唄の一節でアメリカで出版された時に「The Patriotic Murders」と改名され、日本ではそのまま「愛国殺人」で発表されたというエピソードがあります。

歯の診察台の上では名探偵も皆平等。ドリルの音におびえるポアロの姿が冒頭で始まり、出だしはユーモラスながら中身は政治色の濃い作品となっております。これは発表当時の時代背景も影響しているのでしょうが。

自殺と思われた歯科医が実は殺害されており、その日治療に訪れた人物が2人死亡し、同じく治療に来ていた大銀行家も命を狙われるというなかなか血なまぐさいストーリーで、上部からの圧力で捜査も打ちきりになり、ポアロ自身も手を引けと脅迫電話を受けたりしました。

今回のポアロはバーンズ氏という元内務省の退役官史から死亡した人物たちが実はスパイだったという話を聞いたばっかりに話の全体像が見えず「私は老けたのか」?と自問自答し、あやうく国家の力に屈しそうになりました。それでもあるきっかけで穴を発見し、色々な事柄が万華鏡のように1つのものに集約されて真実を発見したのです。

トリックとして原題にあるくつのバックルがヒントなんですね。そしてタイトルが原題から愛国殺人に変わった理由も何となくわかります。又国家よりも人間の命を大事にするポアロの仕事に対する姿勢が実感できる作品です。

国の為に殺人を犯してきたという犯人はただの自己愛にすぎないのですね。

途中愛するロサコフ夫人を思い出すポアロが愛らしく、マザーグースの唄と各章のストーリーがうまくかみあっていてさすがクリスティ。最後の章のおちはユーモラスで、あっけにとられたポアロの姿が目に浮かびました。

登場人物

ヘンリイ.モーリイ 歯科医

ジョージィナ ヘンリイの妹

グラディス.ネヴィル ヘンリイの秘書

ライリィ ヘンリイのパートナー

フランク.カーター グラディスの恋人

アムバライオティス氏 ギリシア人(サヴォイホテル)

メイベル.セインズバリイ.シール 元女優(グレンゴリィ.コート.ホテル)

アリステア.ブラント 銀行頭取(ゴシックハウス)

アルフレッド.ビッグズ モーリイのページボーイ(小姓)

レジナルド.バーンズ 内務省退職官史→実はQX912

ジェイン.オリヴェイラ アリステアの姪

ジュリア ジェインの母

ハワード.レイクス ジェインの恋人

ヘレン.モントレザー アリステアのまた従妹

ジャップ 主任警部

ベドーズ巡査部長 ジャップの部下

アルバート.チャップマン セールスマン→情報部

シルヴィア アルバートの妻→友人マートン夫人

アグネス.フレッチャー モーリイ家の小間使い

セルビイ氏 アリステアの秘書

他 アダムズ夫人、ボライソオ夫人 シールの知人

レベッカ.サンセヴェラート アリステアの元妻(父はアメリカ大銀行家アーンホルト家、母ヨーロッパのロザスタイン家)

マザーグースの童謡

いち、にい、わたしの靴のバックルを締めて

さん、しい、そのドアを閉めて

ごお、ろく、薪木をひろって

しち、はち、きちんと積みあげ

くう、じゅう、むっちり肥っためん鶏さん

じゅういち、じゅうに、男衆は堀りまわる

じゅうさん、じゅうし、女中たちはくどいてる

じゅうご、じゅうろく、女中たちは台所にいて

じゅうしち、じゅうはち、女中たちは花嫁のお仕度

じゅうく、にじゅう、私のお皿はからっぽだ

2022.3.17記

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アガサ・クリスティー 読書感想文

ものいえぬ証人

この作品は1937年に発表されたポアロの長編作でアルゼンチンから戻ってきたばかりのヘイスティングズ大尉が語り手で進行します。まず日本語訳で違和感ありで、ポアロは「あなた」なのに対し、ヘイスティングズがポアロに「あんた」呼ばわりしてるし。

ポアロが受けた一通の手紙、それは2ヶ月前に死亡しているエミリイ.アランデルという老婦人からのもので、自分の生命の不安を訴えていました。捜査を始めたポアロが伝記作家に化けたり大嘘ついたり、もっともミス.ピーボディにはすっかり見破られてましたが。

クリスティは冒頭でこの作品を自分の愛犬ピーターに捧ぐと記されていますが、エミリイの愛犬ボブを通して犬に対する愛情あふれた作品となっています。

ボブとヘイスティングズとの「人間語でのやりとり?」が息ぴったりで(ポアロより相性いいんじゃないかしら)ボブがボールを転がして遊んでいる様子、淋しそうにしてるさま等が目に浮かびます。

犬がなぜ郵便配達員に対して吠えまくるのか、に対する言及がまったくもって納得。

題名の「ものいえぬ証人」もエミリイではなくボブなのです。エミリイとミス.ピーボディ、それから遺産の相続人となったミス.ロウスン、この3人のオールド.ミス(今やこの言葉は死語となっていますが)の素朴でおおらかな人間味あるやりとりがさらにこの物語に暖かみを感じさせてくれます。

エミリイとピーボディの会話からはこの2人の長い年月にわたる友情が、エミリイのロウスンに対するぶっきらぼうな口のききかたも根が悪い人でなくてロウスンに対する深い信頼があるからこそ遺産を身内ではなくロウスンに譲ったのでしょう。

チャールズとテリーザの2人の兄弟も、子悪党ではあるが根っからの悪人ではなさそうで、テリーザのあけっぴろげな快楽主義は逆にうらやましいくらいで憎めないキャラです。

ベラがポアロに何かせっぱつまった感じで助けを求めてるあたりで、私は「ベラはまず犯人じゃない」と思いましたがこれは見事にはずれました。(すみません、ネタばれ)人間の本質を見抜くあたりはポアロは見事としかいいようがありません。

自分が情けない次第です。一体今まで何冊ポアロの本を読んできたのか、けんもほろろな結果でした(涙

)結局エミリイは病死、ベラは自殺ということで、ベラの子供やアマンデル家の体面は守られた形となりましたが、これはとても配慮のある結末です。ポアロは報酬としてボブ一匹もらっただけとありますが、テリーザと契約してたし、他の人々も何らかの形で報酬はあったと私は考えます。

除草剤をテリーザが持ち出し、結局使わなかったというシーンは何だったのでしょうと引っかかりはありますが。

それと話の合間にポアロが今まで扱った事件で登場した4人の名前が出てきます。私は4作とも全て読んでいますが見てすぐわかったのは1人だけで、これもお粗末なものでした。

ヘイスティングズとはこの後最終話「カーテン」まで会えないのが淋しいのと早くそこまでたどり着きたい気持ちもあって複雑な心境です。

登場人物

エミリイ.アランデル 小緑荘の住人

(ミニー)ウィルヘルミナ.ロウスン エミリイの家政婦

チャールズ.アランデル エミリイの甥

テリーザ チャールズの妹

ベラ.タニオス エミリイの姪

ジエイコブ.タニオス ベラの夫、ギリシャ人の医者

キャロライン.ピーボディ エミリイの友人

パーヴィス エミリイの顧問弁護士

レックス.ドナルドスン テリーザの恋人、医者

ボブ エミリイの愛犬、ワイヤヘアード.テリア

ジュリア.トリップ 霊媒

イザベル ジュリアの妹

ドクター.グレインジャー エミリイの友人、医師

エレン エミリイのメイド

アニー エミリイの料理人

過去の事件に登場する人物

ノーマン.ゲイル 若くてハンサム、雲をつかむ死、歯科医

イヴリン.ハワード 空いばりはするがさっぱりしてる、スタイルズ荘の怪事件、エミリーのコンパニオン

ドクター.シェパード 人づきあいのよい、アクロイド殺し、医師

ナイトン 落ち着いた信頼のおける、青列車の秘密、富豪ルーファスの秘書

2022.3.12記

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アガサ・クリスティー 読書感想文

ひらいたトランプ

1936年発表のこの作品はクリスティには珍しく登場人物の少ない作品ながら、ポアロ、アリアドニ.オリヴァ、バトル警視、あと「茶色の服の男」に登場するレイス大佐といったクリスティ作品を彩るキャラクターが勢ぞろいする、クリスティファンにはたまらない豪華な作品です。アリアドニ.オリヴァはこの作品が初登場でポアロとも初対面です。

変わり者で悪魔的な容貌のシャイタナ氏があるパーティーを開き、それにポアロも招待されます。

そこにはかつて殺人を犯したもののいまだ捕まっていない人物4人も出席しているとディナーの席でシャイタナ氏が打ち明けます。

食後、客間に移ってシャイタナ氏以外の8人がブリッジに興じているとき、シャイタナ氏が短剣で刺され殺されました。犯人はこの4人のうちの1人に間違いなく警察、諜報局員、私立探偵、そして探偵小説家の4人が犯人探しを始めます。

4人の捜査方法と犯人を探す手段に各人の個性が光っていて、一冊の本で4つの短編小説を読んだような得した気分になります。

バトル警視は昔ながらの足を使い、聞き込みをしながら証拠をつかもうとします。レイス大佐は情報網を張り巡らせデスパード少佐の過去を洗います。オリヴァは女の直感を、そしてポアロはブリッジの点数表を見ながら4人の性格を推理し、それぞれにふさわしい犯人像を見極めようとします。

私はブリッジを知らないのでこの点数表の意味や、ロリマー夫人が語るゲームの手がさっぱりわからないのが悔やまれます。ゲームを知っている人はさぞわくわくしたことでしょうが。

ただこの作品はブリッジを知らない人でも充分楽しめます。犯人探しには物的証拠というものがほとんどなく、4人の性格や過去の事件から推理していくので。

バトル警視はドクターロバーツが過去にある夫婦が、その夫がひげそりから菌が入って死亡し、外国に行った妻がその後死亡していることを突きとめます。

デスパード大佐は外国で一緒にいた植物学者が熱病で死亡したとされる学者を手違いで射殺していました。

アンは昔、ある婦人に間違って薬品を飲ませて死亡させていました。余命いくばくもないロリマー夫人は夫を殺した事をポアロに自白しました。

やはり4人とも殺人を犯していたのです、事情はどうであれ。

それにしてもシャイタナ氏というのはいやらしい人間です。本当に悪趣味、殺されても仕方ない人間ですね。

最終的に本当の犯人はオリヴァが直感で当てた人だったのですが、一番犯人となりえないアンの心理描写がよかったです。

オリヴァに一緒に犯人探しをしようと誘われても何もしたくないとつれなかったり、ポアロの作戦にまんまとひっかかって絹のストッキングを選んだり、コンビーカーに一時住んでたことをバトルに言わないし。小舟でローダを湖に突き落としたのは彼女を殺そうと思ったからでしょうが、自分も泳げないのに何してるねん!自分も死ぬやん。

デスパード少佐は女を見る目があるいい男です。ためらわずローダを助けるのですから。

バトル警視は本当に頼もしい、日本のゴルゴ13みたいなタイプですね。そしてオリエント急行の短剣はポアロのもとにあったのですね。ヘイスティングズには不評だったらしいこの事件、私は好きですね。

登場人物

シャイタナ パーティーの招待主

ドクターロバーツ 医者

ロリマー夫人 ブリッジ好きの老婦人

デスパード少佐 探検家 美男

ミス.アン.メレディス 若い婦人

レイス大佐 諜報局員

ローダ.ドーズ アンの友人

バトル警視

オコナー巡査部長 バトルの部下 美男

(話には登場しないが)

フィンランド人のスヴェン.イエルソン オリヴァ作品に登場する名探偵

2022.3.9記

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アガサ・クリスティー 読書感想文

雲をつかむ死

この作品は1935年に発表された飛行機の中での密室殺人を扱ったポアロが登場する推理小説です。

船に弱いポアロですが、飛行機も同じらしく、ひたすら眠っている最中に殺人事件が起きてしまいます。

更に事件の凶器とみられる吹き矢がポアロの座席から発見された為、陪審員からポアロに対し殺人犯の判決が下されたりします。もっとも検視官から「ばかばかしい」といってこの判決は却下されますが(笑)

殺人犯扱いされたポアロは若い男女のカップルと手を組んで犯人探しに乗り出しますが、乗客の持ち物一覧や上記の座席配置図、おなじみの1人1人の乗客との聞き取り調査から読者としても一緒に犯人探しをしているような気分にさせられます。

乗客の中には探偵作家や医師(歯科医も)、考古学者の親子といった、吹き矢や毒についての知識を持つ人たちもいれば、バクチ好きの貴婦人、会社の支配人といった金策に困って動機がある人もいて、なかなか犯人の目星がつかなかったです。 ただ私は何となく「この人怪しい」と思う人物がいて、その人が犯人だったので、判明したとき「やったぁ!」と思いました。

この作品には犯人探しのポイントが何点か示されていました。

1つが「心理的瞬間」そして「持ち物」それから「会話」です。

特に会話については本文で「会話しているうちに人は自分の正体を表す。自分のことを語りたいという欲望を持つもの」とポアロが言っていますが、結局最後に犯人がポロッとこぼした言葉が決め手となったのですから納得です。

そして持ち物ですが、吹き矢が出てきたためにこれが凶器とみなしてしまったのが盲点となった為、犯人探しが難航したのでこれも納得。

あと、この作品には「ゴルフ場殺人事件」でポアロと犬猿の仲だったパリ警察のジロー氏が会話の中で出てきます。昔はともかく今は懐かしい友人なんですね。

(後でショックを受けますが)若いカップルもほほえましいです。ジェーンの前に途中から若い考古学者が現れます。考古学者に対してはクリスティの暖かい目が感じられ、きっとジェーンはこの後彼のところに行くのでしょう。

飛行機のシーンはTVドラマ版で当時の飛行機とその内部をほぼ再現しているそうでドラマ版の映像でも楽しめました。乗客数や役割は少々変わっていますがこちらもおすすめします。

蛇毒→てんかんの薬になる ブームスランク

2022.2.4記

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アガサ・クリスティー 読書感想文

死者のあやまち

1956年発表のこの作品は原作名が「Dead Man’s Folly」といい、このfollyにはダブルネーミングがあるそうで、一つは題名のとおりの「過ち」という意味、あともう一つは「装館目的の華美な建築物」を指すとの事。

あと題名のMan(男)を意識して読むといっそう謎ときの楽しみが広がると思います。

この作品ではポアロの友人にして女性探偵作家であるアリアドニ.オリヴァのキャラクターが存分に味わえると思います。

オリヴァが自分が創作した殺人劇で何かいやなことが起こりそうだと予感し、ポアロを現地まで呼びよせるのですが、その劇のあらすじを作る過程や、登場人物のキャラクター、オリヴァの服装、髪型の特徴が面白く描かれています(リンゴが大好物なのはいうまでもなく)

そしてその劇のあらすじこそがこの作品で起きる殺人事件を解くのに大いにヒントになることも暗示されています。

一方、オリヴァに少々無理やり呼び寄せられた感のあるポアロは老いのせいか彼女の不安を聞いてもいまいちピンときません。そうやって何があるのか何が起こるのかわかりないうちに本当に事件が起きてしまいます。

殺されたのはまだ幼い被害者役の少女で、同時期にナス屋敷の女主人が

行方不明になってしまいました。

殺人を未然に防ぐ事も出来ず、殺人の手がかりもなく、女主人の行方もわからずで、髪ふりみだし服装にもかまわず走りまわるポアロの姿が憐れでもあり、ユーモラスでもありました。

他の作品ではこういうポアロの姿、なかなかお目にかかれませんし、今回は灰色の脳細胞の切れもすぐれずで、それだけこの事件を解くのが難解だったという事です。

屋敷を取り戻すために、死亡したと伝えられている息子を使ってあどけないハティをおとし入れたフォリアット夫人の罪は大きいと思います。この夫人、優雅な外見ながらかなりしたたかで冷酷。ポアロもかなわない位の度胸の持ち主。逆に夫人に操られ、阿房宮に死体となって発見されたはずのハティ、そして被害者の少女に憐れを感じてなりません。

読んでいてももやにつつまれたような事件の全容が最終20章で明らかにされました。細かいところで事件のカギとなる伏線が大胆にもいっぱいちりばめられていたのでびっくりしました。読み終えてその箇所を読み直したものです。

ハロウィーンパーティーにもありましたが、この作品にはナス屋敷の庭園と自然の美しい描写がいきいきと描かれています。夏から秋へと変わっていく景色の美しさ、もの寂しさ、生命のはかなさが悲しくも感じられる作品です。

あとこの作品には原作ともいえる中編「ポアロとグリーンショアの阿房宮」があるのでその作品も気になります。

阿房宮ってどういう建物なんでしょうか?古代中国の建築物との事ですが一度この目で見たいものです。

ポアロのスローガン

神を信ぜよ、しかして常に備えよ

登場人物

ジョージ.スタッブス卿 ナス屋敷の主人

ハティ 妻

エイミイ.フォリアット夫人 ナス屋敷の元所有者

アマンダ.ブルイス スタッブスの秘書兼家政婦

マイケル.ウェイマン 建築家

アレック.レッグ 原子科学者、神経質

サリィ アレックの妻

ウィルフリッド.マスタートン 地方議員

コリィ マスタートンの妻

ジム,ウーバートン大尉 マスタートン家代理人

マーリン.タッカー 少女団の一員、殺される役

ヘンデン 執事

エティエンヌ.ド.スーザ ハティのいとこ

ホスキンズ 村の巡査

マーデル 村の老人、マーリンの祖父

ブランド 警部

2022.3.7記

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無実はさいなむ

この作品は1957年に発表されたノンシリーズの1つで、アガサクリスティが自身のベスト10にも選ばれています。

ただ、あとがきの解説者はこれは失敗作だと言っています。

なぜか❔

あとがきを読んで私もなるほどと思いましたが、ポアロやマープルといったメインの探偵役がこの作品にはありません。

ジャックの無罪を明らかにしたキュルガリが最初探偵役をつとめますが、彼はすぐ消え、メアリの夫フィリップが途中からしゃしゃり出て、ゲーム感覚で犯人像を割り出そうとします。それからキュルガリが終わり近くになって出現します。警察も再調査を始めるけど何を調べてるかまったくわからないです。そのためとってつけたように事件が解決してしまってます。

ヘスターとキュルガリのロマンスも物語を締めくくるにはちょっとお粗末なものでした。

犯人像にしても、家政婦が犯人というのはこの作品が私の知るかぎり初めての事で、いくら若い男にだまされたからといって、長年仕えてきた主人を殺すことができるんでしょうか?

まして自分の身が危なくなったからといって、自分を慕っているティナをナイフで刺すなんて、実直なカーステンのキャラクターからみて違和感ありすぎて納得できないのが本音です。

医者か誰かが語ったセリフに「殺人者には二種類ある。一つは人を殺すのが恐ろしくない人、もう一つは殺人という不幸を背負い続けて生きられない人。そういう人は自白するか、自分のせいじゃないと自己弁護するしかない」とありますが、(カーステンは後者の方だと思いますが)ジャックが刑務所に入って死んだ後もそのままアージル家で働いているのは信じられないです。

この作品は推理小説というよりは人間の内面を描くのに重点がおかれていると思います。

母親に捨てられたマイケルはレイチェルを恨んでいたが、実は実の母を恨んでいるのだと気付き、リオとグエンダは互いに相手を疑い、ヘスターは恋人のドナルドに自分が疑われてると知ってショックを受け、そしてメアリは夫フィリップを自分だけのものにしようと固執します。そういう個々の内にある疑惑、嫉妬、恨みといったものを自問自答している姿がありありと描かれています。

一度その深みにはまったら、もうその先はアリ地獄のように自らをとらえて放さない。ヘスターのセリフにある「問題は有罪じゃない、無罪なのです。」

その通り、まさに無罪の人間が各々疑心暗鬼にとらわれるさまが面白くてたまりませんでした。

冒頭の風景描写も暗い、冷たい静けさがまざまざと目に浮かび、これから始まる物語を予感させられました。

環境は人間の育成に大いに関係があるが、それが全てではない。その事をしみじみ考えさせられる哲学書にもなる、私にとってまた読みたいと思わせた貴重な一冊です。

「春にして君を離れ」と併せて読んでいただきたい、内面のドロトロをさらけ出した、アガサクリスティのとんでもない失敗作かつ最高の作品です。

アイロニー

皮肉 西洋では自分の意図する意味と反対の意味を持つ表現によって意図する意味を表す修辞技法をさす

登場人物

アーサー.キュルガリ 地理学者

レイチェル.アージル(旧姓コンスタム)大富豪ルドルフ.コンスタムの一人娘

リオ レイチェルの夫

レイチェルの養子たち

ヘスター

マイケル(ミッキー)

ジャック(ジャッコ) 元妻モーリンは再婚夫ジョー.クレッグ

メアリ(ポリー).デュラント 夫フィリップ(脊椎カリエス)

ティナ(クリスィナ)

彼女たちの住まいサニー.ポイトン(昔の呼び名まむしの出鼻)

アンドリュー.マーシャル 弁護士

グエンダ.ヴオーン リオの秘書

カーステン.リンツトロム アージル家家政婦

ドナルド(ドン)クレイグ 若い医師、ヘスターと恋仲

マクマスター 老医師

フィニー 警察本部長

ヒュイッシ 警視

シリル.グリーン 坊や

2022.2.27記

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ハロウィーン.パーティ

この作品は1969年発表の後期のポアロ物で、子供たちがたくさん登場し、ハロウィーンのパーティで子供が犠牲になるという、残酷でおとぎ話のような、題名どおりハロウィーンの雰囲気ただよう作品です。

田舎町である主催者の家で開かれたハロウィーンパーテイで1人の少女が「殺人現場を見た」と言い、その子がリンゴと水の入ったバケツに顔をうずめられ、溺死体となって発見されます。

パーティに出席していた女性探偵作家アリアドニ.オリヴァがポアロに捜査を依頼します。パーティの関係者たちにいつものごとく話を聞いてまわるポアロですが、老年期に入っているポアロ。頭の切れも体力も昔のような勢いがないですね。

ただ身だしなみは完璧で、ぴっちりした服装、エナメルの靴を履いてるのでオリヴァにバカにされます。一方パーティで殺人を目のあたりに目撃したオリヴァは「もう二度とリンゴなんか見たくもないし、食べたくない」と嘆いていて、気持ちがわかるだけにユーモアがあって笑わせます。

ポアロのことをコンピューターとオリヴァは言いますが、この事件ではポアロの切れのある頭脳から犯人を割り出すというよりは、ミランダや石切り荘の庭園を見たときのポアロの勘からイメージをもとに犯人像を割り出したように思われます。

絶世の美男子であるガーフィールド氏と妖精のようなミランダがよく似ている(実は親子)とかも犯人を割り出すきっかけにもなっていました。

殺しのトリックとしてはシンプルであっけないものでしたが、子供の話を聞いてすぐ殺そうと思うなんてあまりにもせっかちで単純すぎますし、実の父親が娘をいけにえにするシーン等、美に魅せられた人間の狂気と男女の愛憎劇がよく描かれていると思いました。

あと、イギリスの風土というか、庭園、植物等、自然に対する深い愛着が感じられます。そしてオペラ女という日本ではなじみのない存在が登場し、事件の鍵をにぎる存在でもあることが新鮮でした。

アリアドニ.オリヴァはポアロシリーズの中盤以降よく登場するキャラクターですが、前回読んだ「マギンティ夫人は死んだ」では話の途中でとってつけたようにリンゴと共に出現していますが、この作品では冒頭から重要な約どころとして登場しています。ポアロとのコミカルな共演が読んでいて楽しく、彼女の個性とオカルト風味に富んだハロウィーンを満喫できる一作だと思いました。

登場人物

アリアドニ.オリヴァ

ジュディス.バトラー オリヴァの友人

ミランダ ジュディスの娘

ジョイス.レノルズ ミランダの友人、13才、姉アン16才 弟レオパルド11才

ロウィーナ.ドレイク パーティの主催者、夫ヒューゴー、ルウェリンの姪

ミス.エムリン エルムズ校校長、メトウバンク校ミス.バルストロードと知り合い

ミス,ホイッティカー エルムズ校教師40才

エルスペス.マッケイ スペンスの妹(パインクレスト荘)

ルウェリン.スマイス 富豪の未亡人

フアーガソン博士 医者

ジェレミー.フラートン ドレイク家の顧問弁護士

マイケル.ガーフィールド 造園師、美男、石切り場(クオリーハウス)作った人

グドボディおばさん パーティで魔女の役

ニコラス.ランサム、デズモンド.ホランドー パーティに出席してた男の子

オルガ.セミノフ ルウェリン.スマイスのオペラ女

過去の事件

ミセス.ルウェリン.スマイス オペラ女、遺言書偽造

シャーロット.ベンフィールド

リズリー.フェリア 28才、弁護士の書記、人妻と不倫

ジャネット.ホワイト 24才、女教師、女教師ノラ.アンブローズと同居

2022,2,26記

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マギンティ夫人は死んだ

おいしい食事を終えて、旧友ヘイステイングズを思い出しながら帰宅したポアロを待っていたのはもうじき退官するスペンス警視。

彼はポアロに死刑の判決が出ている容疑者だが、自分には彼が犯人に思えない、ポアロの腕を見込んで事件を洗い直してほしいと頼まれ、調査に乗り出すポアロ。名探偵と名乗っても誰も信じてもらえず、下宿屋でボロい部屋とまずい食事にへきえきするポアロが愉快。

聞き込みで夫人が買ったインクのビンから新聞への投稿や見た記事からヒントを得て捜査に乗り出したポアロでしたが訪ねる家のとの女性も皆怪しく思われました。

戦争のせいで昔の身元等を調べる書類がないことも一因で、さすがのポアロも手を焼いていて、こっちも成り行きをはらはらしつつ読んでいました。

今回の事件は被害者がつましい庶民の婦人で、まわりの人物も一般人が多く(アップワード夫人とカーペンター氏はブルジョアですが)大富豪の死と相続人たちの争いが多いポアロの殺人事件とは違う新鮮味がありました。

ですが、真犯人はやはり金が目的だったので、その保身のための殺人だったので、犯罪にお金が絡んでるのは世の万人に共通するのですね。

この作品には昔の事件も重要なキイワードになってます。そのため昔の事件のあらすじや名前も理解がいるので、確認しつつ読むのがちょっとめんどくさかったかも(笑)

カーペンター夫人やレンデル夫人が自らの後ろめたい過去をポアロがマギンティ夫人の件にかこつけて調べてると思われ、ポアロが電車に引き殺されそうになったりして危うい時もありました。

犯人像は私の予想と全く外れてて、もしかしたらオリヴァも危なかったかもしれませんね。なんせ犯人と長い時間一緒に仕事してたんですから。

あとモード.ウィリアムズの過去も意外でした。

それにしても風采のあがらないジェイムズ.ベントリーが、モードやテアドリーに好感度高いので、彼はいい人間だったのです。

だからスペンス警視も犯人と思えなかったのですね。

今回はオリヴァのいう女性のカンではなく、ポアロの秩序と理論が的を得ましたが「干し草の山の中から一本の針を探し出す」とポアロのいう通り、サスペンスと意外性に満ちた、犯人探しに骨の折れる事件でした。でも読後感はすっきり。

ベントリーのその後のロマンスを祈ります。

登場人物

マギンティ夫人 掃除婦

スペンス キルチェスター警察の警視

ジェイムズ.ベントリー マギンティ夫人の間借人、ブリーザー&スカットルズに勤務していた

モーリン.サマーヘイズ ロング.メドウズ下宿のおかみ

ジョン モーリンの夫、少佐 父大佐

ベッシー.バーチ マギンティの姪

ジョー ベッシーの夫

モード.ウィリアムズ スカットルズ商会の女事務員

ミセス.スイーティマン 郵便局

ミス.パメラ.ホースフオール 新聞記事書いた女

ドクター.レンデル 医者

シーラ その妻、犯罪小説好き

ローラ.アップワード 未亡人、ラバーナムズ

ロビン.アップワード 劇作家 

ロジャー.ウェザビー テアドリーの継父

エディス ハンターズクロウズ

テアドリィ.ヘンダースン エディスの娘

ガイ.カーペンター 工業会社経営者

イヴ ガイの妻、元ミセス.セルカーク

アルバート.ヘイリング 駐在巡査

11/9(日)日曜の友新聞4つの事件

エヴァ.ケイン クレイグ事件、娘イブリン.ホープ(イブリンは男、女どちらでも使える名前)男1人、女1人(モード)

ジャニス.コートランド

リトル.リリイ.ガンボール

ヴェラ.ブレイク

2022.2.24記

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アガサ・クリスティー 読書感想文

運命の裏木戸

1973年発表のこの作品は「カーテン」「スリーピングマーダー」が先に執筆されていたことを思うと実質的なアガサクリスティ最後の執筆作品になり、又トミー&タペンスシリーズの最後の作品となります。

登場人物はほとんど70~100才位の老人で、トミーとタペンスも70代の老人になっています。

話はほとんど会話で進み、それも日常生活のやりとりが大部分。話のテンポも「秘密機関」に比べて超スローモードに進むのでちょっと退屈かも。

新居に引っ越した二人。

タペンスが本の整理をしてるとき、たまたま手にした本にアンダーラインが引かれているのを見つけ、それに隠された暗号から謎解きが始まります。相変わらずタペンスの好奇心の強さにはほれぼれしますが、それが政治的背景を持ったスパイ問題にまで発展するのはちょっと話が大きすぎじゃないかとは思いましたが。

トミーが諜報機関で働いていた事もあって懐かしい人物がたくさん登場してるのにはびっくりしました。

「フランクフルトへの乗客」での大ボスのロビンソン氏、ホーシャム氏、たばこの煙とセットで現れるパイクアウェイ氏。あと「NかMか」での思い出話やその時に訳あって彼らの養女となったベティの話も出るので、トミー&タペンスのシリーズはやはり順番に読んだ方が理解が深まります。

ただストーリー的には老人の会話から出た言葉や人物、出来事から昔の事件をたどっていく形なので、まだるっこしく、よくわからないうちに殺人事件が起き、あっという間に殺人犯が捕まってるわ、歴史的な問題は上記のお偉方が解決した、といったあっけなさがあって、物足りない感じがするのはクリスティ最晩年の作品だけに仕方ないかもしれません。

ただそれも老齢にさしかかった者が昔を懐かしがる心境と思って、少し時間をかけてゆったりした気持ちで読んでいただきたいと思います。

愛犬ハンニバルとのやりとりや子供たちとの会話はとてもほのぼのとしていて心暖まるものでした。

さようならトミー&タペンス。1つのシリーズ物を読み終えた喜びよりはもう話の続きがないと思うと寂しい感じがします。

あとがきを書かれた大倉先生のいう「記憶消去装置」なるものがあればいつでも未知の話にドキドキできるのにね。

これからトミー&タペンス物を読まれる方、どうぞ二人のワクワク大冒険の世界にお越し下さいませ。波乱とウイットに富んだ楽しい世界が待ってますよ❗

登場人物

ハンニバル 愛犬(マンチェスター.テリア)

アイザック.ボドリコット 庭師

アルバート 召使 妻エミー

アレグザンダー.リチャード.パーキンソン 14才で死月桂樹荘元住人

ミセス.グリフィン 最年長の女性 昔は大物

ベアトリス 通いの手伝い

グエンダ 店員

メアリ.ジョーダン パーキンソン家の育児係

アトキンソン大佐 トミーの友人

ヘンリー アイザックの孫

クラレンス ヘンリーの友人

ノリス 警部

アンドルー、ジャネット、ロザリー 二人の孫

デボラ、デリク、ベティ 息子 娘 養女

ロビンソン 諜報員 黄色い大男

パイクアウェイ、クリスピン氏(ホーシャム)、 諜報員

ミス.コロドン 調査員

ヘンダースン夫人 パーキンソン一家を知っている

ジョナサン.ケイン 反政府のリーダー

一言メモ

ゼンダ城の虜

1894年出版アンソニー.ホープ作ルリタニア王国 ルドルフ.ラッセンディル男爵 フラビア姫 次作ヘンツォ伯爵 米英で冒険とロマンの王国の代名詞

キツネノテブクロ 毒草

トルーラブ 木馬

マチルド 揺り木馬

燕の巣荘 昔の月桂樹荘

オックスフォード、ケンブリッジ ボートレースの賭け

grin hen Lo ローエングリン ワグナーのオペラ

2022.2.16記

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アガサ・クリスティー 読書感想文

象は忘れない 

この作品は1972年発表の実質的にアガサクリスティが執筆したポアロシリーズ最後の作品です。

年老いたポアロとアリアドニ.オリヴァとの会話から話が進行します。

オリヴァは出席したパーティーで、ある婦人からある事を依頼されます。自分の息子と婚約中のオリヴァの名付け子シリアの両親は彼女が幼い頃に心中自殺を遂げているが、どちらがどちらをピストルで殺したのかを調べてほしいと言います。

困ったオリヴァが友人のポアロに相談。ポアロも引き受け、真相を探るべく昔の仲間に情報を集めていきます。

オリヴァの方は昔の友人たちに話を覚えていないか訪ねてまわりますが、皆何かは覚えていても忘れていることも当然多く(特に名前に至っては)なかなか全容がつかめません。

ポアロも昔の警察仲間に相談します。その時の会話で過去にあった事件の回想シーンは次のようなものでした。

「メニューのなかでほかのところを探すようにそこにあるものを探す」

「その人たちは知らないが、その場にいた他の人からその人たちのことを聞く」(五匹の子豚)

「パーティーで女の子が殺人の現場を見たといった」(ハロウィーン.パーティ)

「あらゆる証拠が明白な事実を示している。すべて順調に片づいた。なのにあの事件はどこから見てもおかしい」(マギンティ夫人は死んだ)

昔の事件ながら、どうもすっきりしないまま過ぎ去った事件を解明する話はクリスティの他の作品にも多く出てきます。

二人の協力でようやく真相が明らかになりましたが、それはとても悲しい切ないものでした。双子とその双子両方に愛された男性との愛情物語。これも確かに一種の心中だと思います。

オリヴァとポアロの探し方の違いもありましたが、「犯罪には必ずお金がからむ」というポアロの鋭い意見は確かでした。

この作品は年代も1970年代と新しく、二人の円熟した会話から、ポアロ作品も終盤にさしかかったことが意識されました。

オリヴァの最後のセリフが何とも切なくてポアロ作品で初めて涙が出ました。

「象は忘れない。でも私たち人間は忘れることができるんですよ」

スペンス警視の母

「過去の罪は長い影をひく」

わが終わりにこそ初めはあり。わが始めにこそわが悲しき終わりはあり

登場人物

アリアドニ.オリヴァ 探偵作家

ミセス.バートン.コックス 未亡人

デズモンド バートン.コックスの養子

シリア.レイヴンズクロフト オリヴァの名付け子

ミス.リヴィングストン オリヴァの秘書

アリステア.レイヴンズクロフト シリアの父、元将軍

マーガレット シリアの母(モリー)

ドロシア.プレストングレイ マーガレットの双子の姉

スペンス 元警視

ギャロウェイ 元主任警視(当時捜査に当たってた)

ジュリア.カーステアズ オリヴァの友人

ミセス,マッチャム オリヴァの友人

ミセス.マーリーン オリヴァの友人

マディ.ルーセル(フランス人) シリアの家庭教師

ゼリー.モーウラ シリアの家庭教師

ローズンテル 美容師

ウィロビー 医師

ミスター.ゴビー 情報屋

エドワード シリアの弟

2022.2.17記