この作品は1937年に発表されたポアロの長編作でアルゼンチンから戻ってきたばかりのヘイスティングズ大尉が語り手で進行します。まず日本語訳で違和感ありで、ポアロは「あなた」なのに対し、ヘイスティングズがポアロに「あんた」呼ばわりしてるし。
ポアロが受けた一通の手紙、それは2ヶ月前に死亡しているエミリイ.アランデルという老婦人からのもので、自分の生命の不安を訴えていました。捜査を始めたポアロが伝記作家に化けたり大嘘ついたり、もっともミス.ピーボディにはすっかり見破られてましたが。
クリスティは冒頭でこの作品を自分の愛犬ピーターに捧ぐと記されていますが、エミリイの愛犬ボブを通して犬に対する愛情あふれた作品となっています。
ボブとヘイスティングズとの「人間語でのやりとり?」が息ぴったりで(ポアロより相性いいんじゃないかしら)ボブがボールを転がして遊んでいる様子、淋しそうにしてるさま等が目に浮かびます。
犬がなぜ郵便配達員に対して吠えまくるのか、に対する言及がまったくもって納得。
題名の「ものいえぬ証人」もエミリイではなくボブなのです。エミリイとミス.ピーボディ、それから遺産の相続人となったミス.ロウスン、この3人のオールド.ミス(今やこの言葉は死語となっていますが)の素朴でおおらかな人間味あるやりとりがさらにこの物語に暖かみを感じさせてくれます。
エミリイとピーボディの会話からはこの2人の長い年月にわたる友情が、エミリイのロウスンに対するぶっきらぼうな口のききかたも根が悪い人でなくてロウスンに対する深い信頼があるからこそ遺産を身内ではなくロウスンに譲ったのでしょう。
チャールズとテリーザの2人の兄弟も、子悪党ではあるが根っからの悪人ではなさそうで、テリーザのあけっぴろげな快楽主義は逆にうらやましいくらいで憎めないキャラです。
ベラがポアロに何かせっぱつまった感じで助けを求めてるあたりで、私は「ベラはまず犯人じゃない」と思いましたがこれは見事にはずれました。(すみません、ネタばれ)人間の本質を見抜くあたりはポアロは見事としかいいようがありません。
自分が情けない次第です。一体今まで何冊ポアロの本を読んできたのか、けんもほろろな結果でした(涙
)結局エミリイは病死、ベラは自殺ということで、ベラの子供やアマンデル家の体面は守られた形となりましたが、これはとても配慮のある結末です。ポアロは報酬としてボブ一匹もらっただけとありますが、テリーザと契約してたし、他の人々も何らかの形で報酬はあったと私は考えます。
除草剤をテリーザが持ち出し、結局使わなかったというシーンは何だったのでしょうと引っかかりはありますが。
それと話の合間にポアロが今まで扱った事件で登場した4人の名前が出てきます。私は4作とも全て読んでいますが見てすぐわかったのは1人だけで、これもお粗末なものでした。
ヘイスティングズとはこの後最終話「カーテン」まで会えないのが淋しいのと早くそこまでたどり着きたい気持ちもあって複雑な心境です。
登場人物
エミリイ.アランデル 小緑荘の住人
(ミニー)ウィルヘルミナ.ロウスン エミリイの家政婦
チャールズ.アランデル エミリイの甥
テリーザ チャールズの妹
ベラ.タニオス エミリイの姪
ジエイコブ.タニオス ベラの夫、ギリシャ人の医者
キャロライン.ピーボディ エミリイの友人
パーヴィス エミリイの顧問弁護士
レックス.ドナルドスン テリーザの恋人、医者
ボブ エミリイの愛犬、ワイヤヘアード.テリア
ジュリア.トリップ 霊媒
イザベル ジュリアの妹
ドクター.グレインジャー エミリイの友人、医師
エレン エミリイのメイド
アニー エミリイの料理人
過去の事件に登場する人物
ノーマン.ゲイル 若くてハンサム、雲をつかむ死、歯科医
イヴリン.ハワード 空いばりはするがさっぱりしてる、スタイルズ荘の怪事件、エミリーのコンパニオン
ドクター.シェパード 人づきあいのよい、アクロイド殺し、医師
ナイトン 落ち着いた信頼のおける、青列車の秘密、富豪ルーファスの秘書
2022.3.12記